セルフ移住定住促進〜イーハトーヴのくにへ〜

 われながらよくやっている。青森から南下して移住し、らむねくりの相方と生活を共にしている私はよくやっている。2025年の5月下旬、私は一念発起して住み慣れた青森を発ち、岩手への移住定住を成した。詩誌らむねくり5号の随筆にもその流れは書いたが、とにかくクルマに積めるだけの荷物を積み込んで高速を南下し相方の家に移住した。

 その間に、同人たちの生活にも少なからず変化があり、同人誌あるあるなのだろうか、誰かの私生活上の変更が同期的に他の同人の生活を変化させているとしかいえないような、共時的様態を呈してきた。私生活上での変化なので書けないことがあり、その詳細は割愛するが、らむねくり5号は暗示的にその経過報告書となった。

 岩手に来て暫くの間は、私の物欲も可成りなものであった。あれが欲しい、これが欲しいと古本、雑貨、CDなどを中心に、手当たり次第に物を買い溜めていた。最近、ひょんなことからコンビニで新聞を買うようになった。それからは新聞を読むのが楽しくて、大きな買い物をしようという気持ちは萎んでいった。また、定期的に宝くじを少額買い求めるようになったのも心境に変化を与えたかもしれない。店で買い物をするかわりに、情報や運(夢)のようなあまり目に見えて効果のあるものではない買い物にシフトを変えた。

 クルマも、移住してから乗り換えた。乗用するだけの普通車で積載能力に甚だ不満しか持てなかったうえ、維持費だけがかさみ自分で何かメンテナンスをしようと発起する心が持てなかったクルマから、自身である程度は触らないと維持できない積載能に重きを置いたクルマへと乗り換えた。このクルマで、今年10月のはなかり市に荷物を運び込んだ。

 じつは今、私は無職で就職活動の真っ最中なのである。こういうとき、ともすると不安や暗い気持ちに押しつぶされそうになるのが関の山だが、相方の存在に助けられている。ひとつの面接を終えて、今は結果待ちである。手応えはない。ただ、その分相方と愛車に乗って方々に出かけられるのは、とても楽しいひとときだったりする。

 

(山田真佐明)

日記 / 体当たり / 電車で

  日記

            山田真佐明

 

日記をつけていたが

一日つけ忘れた

 

真っ白い日々が

列をなして

三日 十日 ひと月

 

やがて一年

 

日記帳は二十日足らずの過去に

帳をおろした

 

 

 

  体当たり

            山田真佐明

 

小さな虫が 体当たり

兄さんの自転車 急ブレーキ

 

小さな埃が 体当たり

掃除婦はめげずに 拾い上げる

 

小さな子供が 体当たり

若い父親には かなわない

 

小さなものたちの体当たりは

勇敢だ

 

 

 

  電車で

            山田真佐明

 

幼子が 電車で

アメを一個もらい

喜んで手を叩く

 

同じ車輌で

 

席をゆずってもらった

白髪の老人が 礼も言わず

貧乏ゆすりしている

 

幼子が 不思議そうに視ていると

舌打ちののち別の車輌へ歩いていった

 

 

 

仕事を休んだニッキ

今日はシゴトを休んだ。疲労がピークに達した。朝までぐっすり眠ったのはいいが、溜まった心の澱が底でグツグツ湧いて、足が職場へ向かわなかった。会社に電話をして数時間後。落ち着いた心地がしてから、唐突に(図書館へ行きたい)と思い、支度をして家を出た。三十分でついた図書館に、人はまばらで、すぐに着席できた。とある詩誌と詩の研究会報を読み込んで、過ごす。館内で小さな雑音があちこちからしていて、それが本当の静けさよりも心地よい。心の澱の底から、頭に向けて音楽が流れている。昔から聴いている英語詞のロックで、それだけで1日が終わってしまうような。窓外は風がすごく強い。雲が黒く厚い。今にも雨が降り出しそう。シゴトを休んだのはよくなかったかも知れないが、図書館に来て良かった。たとえシゴトを休んだとしても、外の空気を吸うこと。人の気に触れること。それだけで何か生きた心地になる。図書館はいい。静かでいい。

昼を食べたあと、丸山健二自選短篇集より「その日は船で」を読んだ。どうにもならないすれ違いの二人。子どもを産む産まないでもめている。読む方を焦れったくさせる。手に汗握って読む。

2024.7.24 山田真佐明

傘 / 詩ノオト

 傘  /  山田 彩緒

  

むらさきいろの

あなあきがさ

たっつんたっつん

ほほぬらす

どこぞへわすれた

こともなく

あめんひいっしょに

でかけたもんだ

ついぞあなぽこ

おおきくなって

そんでもふりふり

つれていく

むらさきのかさ

おらのすきないろ

おぼえてらったなは

おとうとがてれて

よこしてから

なんねんだろう

ばけがさになってけねか

むらさきいろのかさ

 

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 詩ノオト 夏から冬 / 山田真佐明

 

朝方、紅い横顔の頬をすべり落ちる汗。透明な悲しみ。峠の向うから圧し殺した声で、列をつくってやって来る。闇が朝を通り過ぎる声として。闇と光が混じり合って汗を蒸発する。

 

両手に持ちきれない疲労と感情。白いレースカーテンの向こう側にほほ笑む入道雲の切れ端。さ迷って歩き続けてきた過去。アルコールに酔いやすい身体。ペンとノートがあれば、清らかな明日へと帰ることができる。

 

汚い ありのまま

綺麗な 虚飾

 

言ってしまえば草原に恋する私の負けだ。

 

ため息が霧になる夜半だからって

恋は光の速さにはなれない。

 

遠くの岸壁から、夕は5時の汽笛。気圧は低く、寒気の気配に青い空は光を失う。冬と秋が同居した、夏を忘れた春のような。

詩ノオトより4篇(改)

10月9日
晴れた空、冷たく光る朝。気圏は日本の花巻の宿。
少しの本とノートとペンと。それさえあればよい。
秋の合図に手のひらから零れる、雫。
いつかどこかで失ったはずの祈りに
笑って語り掛ける、カフェオレ。

朝から夕、夕から夜へ。傾き沈む日射し。
そこに初恋の光でも射せば、黄昏る。

熟れた乳房に顔埋める。
生きていると確かめあった。
囁きが耳元を掠めて、あたたかな空気が包む。

10月29日
秋雨が部屋の窓をうつ。
喜びと同じ重さで焦りがあって
そのどちらもが今日の小雨の色で
心の襞に何か打ちつける。
考えず、感じず。そんなのは無理なことだ。

                  山田真佐明

軽石の声

軽石をつまみ上げた
黒と赤にわかれていた
誰かが色付けしたのだろう
―夜と夕やけみたい―
と姪がつぶやいた

夜ごと そのつぶやきが
軽石の鮮やかな色と
連れ立って
寝入りばなの夢に あらわれた

ある日 ひとりで
朝の色を探しに出かけた
姪と一緒に探しに出たとき
すぐに見出だせたものが
見つからない

小一時間ほど
広い野原を歩き回った

真っ青な四つ葉のクローバーを
見たような気がして
視線を戻した

取り上げると
青い空きビンの
かけらであった

曇り空から
透明の雨が滴り始めたので
急いで帰る支度をすると
姪の声がしたように感じて
背後を見た

木々の緑を小雀たちが舞っていた

青いビンのかけらを
もう一度取り上げた

ジャージのポケットに突っ込み
家まで走った



                   (山田真佐明)

愛と風ー貴方と私

迷いながら風をうけていた
草の根に花と茎の息吹だ
写真は土くれの底を
写し撮ることができない

すべてを持ち帰ることもできない
瓶に詰めることも
食むこともできない
そうではあるけれども
ときおり貴方にそれをねだったりする

困った顔の貴方は
私にねだることはあまりない
しかし 別の
持ち帰ることのできない
胸底に宿り続けているものを
ときおりねだる

そっと取り出してみせて差し上げる
高原の追い風のように疾く
大木の根のように逞しい
二人の誓いが果てまでつづくよう
祈りを捧げながら

戸惑いながらも
愛と風を笑顔に宿して
貴方と私は
みつめつづける

向き直って
海の向こうをまた
二人眺める



「山田夫妻(仮)による連詩(改)」