宛先不明

三十六才になる男は若い娘に恋をする
扉の前に突っ立ったままの恋をする

ボーキサイトを原料とするアルミニウム製品は
その先では規制対象となる
自死や他害の恐れがある故だと聞いた
規制の内側では他にも恋愛がご法度になる
彼(/女)らを拘束する車椅子に関しては
原料がボーキサイトであっても規制の対象外だ

心身を拘束し半ば人間らしさを奪う
その建物の内側では いつも人間味のある叫びが
耳に馴染んでいた

―帰らせてくれ ―とうさん、かあさん

―新聞は、ないの ―テレビ見せろ

そんな中 三十六才になる男は若い娘に恋をする
扉の前に突っ立ったままの恋をする

娘は色白くいつも化粧をして美しかった
若くハリのある白肌に紅は燃えるようだった
男は見るも無惨に醜く 若いころの面影は
まるでなかった 身体だけ大きく勢いもなかった

だから男は娘の扉の前にいつも突っ立ったまま
狂おしいほどの美しさに 二の句も出ない状態だった

それ以上は何も起こらなかった
出所後 訊いた住所に便りを何通か出したが
いつも宛先不明で返送された それきりだ

ボーキサイトを原料とするアルミニウム製品で沢山の
自分の部屋で 三十六才の男は今この詩を書いている

三十六才になる男は若い娘に恋をしている
扉の前に突っ立ったままの恋をしている